マーケティングリサーチの学び場『Lactivator』代表。自動車会社でマーケティングリサーチに従事後、誰でも気軽にマーケティングを学べる場として2012年に本サイトを開設。また故郷:群馬県の活性化の為、2013年より上毛かるたの日本一決定戦『KING OF JMK』を主宰。著書『上毛かるたはカタル』も発売中。
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マーケティングリサーチャーの渡邉 俊です。
今日は調査に協力してくれる回答者に対する『お礼の品』についてお話しします。
消費者パネルを使って定量調査を行う場合はそのパネルに登録しているアンケートモニターの方々が回答してくれる訳ですが、通常その回答者にはパネルを管理している調査会社からポイントが発行され、回答者はそのポイントを貯めて商品や現金、ギフト券などと交換することができます。
しかし、調査会社にアンケート調査をお願いするのではなく自分で実施する場合、必ず悩むのが
『回答いただいた方へのお礼の品は何にしたらよいのか?』
という事です。
お礼の品の事をマーケティング調査では“インセンティブ(incentive)”と言います。
大手企業のお客様調査などを見ると、
『アンケートに回答していただいた方全員に当店で使える500円の割引券をプレゼント!』
『回答者の中から抽選で10名様に東京ディズニーリゾート招待券を贈呈!』
という感じで豪華な品物を贈呈する例も多々ありますが、インセンティブにたくさんお金をかけられない、でもたくさんの方に回答してもらいたい・・・と悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
ではどのようなインセンティブを用意した方がよいのか、その点について今日はお話ししたいと思います。
ベストなインセンティブを発表します!
さて、どんなインセンティブが一番良いのでしょうか?
いきなりですが、発表いたしますね。
それは・・・
何もいらない。
です。
は?何言ってんの?
お礼の品がなければ回答なんて集まらないでしょう!?
お礼をあげないなんてひどい奴だ!
なんて思っている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、実はそうなのです。
もっと言えば、
下手なものをあげるくらいなら何もあげない方がよい。
という事です。
どういうことなのか、詳しく説明します。
インセンティブが招く2つの懸念
回答数を稼ぐ為にインセンティブは絶対に必要!と思っている方も多いでしょう。
もちろん何かをあげることによりある程度の回答率は見込めます。
しかしインセンティブを設定した事により、返って不都合なことも起こるのです。
大きく分けて2つあります。
1.回答者属性が偏る可能性がある
『下手なものをあげるくらいなら何もあげない方がよい』と言っている一番の理由がこれです。
例えばこのコラムの一番最初に書いた例で説明しましょう。
『アンケートに回答していただいた方全員に当店で使える500円の割引券をプレゼント!』
これはある飲食チェーン店で実施しているアンケートで実際にあった事例です。
このインセンティブですが、回答者全員が500円の割引券をもらえるとのことなので、アンケートの回答率向上だけでなくリピーターを増やすこともできる!と考えがちです。
しかし、やってみるとそんな都合の良い結果にはなりません。
実際にはこの店の常連さんや、おいしかったからまた来ようと思っているお客さんはこのインセンティブが効いて回答してくれます。
ただ逆に、特に次回来店するつもりはない人や味や店の対応が気に入らなかったから二度と来ないと思っている人には効きません。
なぜならその人にとって500円の割引券を使う機会がないからです。
その為、結果として『今後来店するつもりはない人』の回答は増えませんが、『常連さんやまた来店したいと思った方』の回答が増えるという状況が起こります。
要するに「その店に対してロイヤルティの高いお客様」の割合が多くなります。
ということは逆に、『今後来店するつもりはない人』というのはその店に対して何かしら不満を持っている人と捉えることができますが、その人たちの声の量を正確に捉えることができなくなってしまうのです。
また、
『回答者の中から抽選で10名様に東京ディズニーリゾート招待券を贈呈!』
という事例ですが、こちらもディズニーリゾートが好きな方にはインセンティブとして効きますが、興味のない人には効きません。
ディズニーランドが好きというのは比較的若い女性の方に多いのではと思いますが、結果としてそういった属性の方に回答が偏ってしまうわけです。
なぜ回答が偏ってはいけないのか?
例えば上記の飲食店の例で説明すると、例えばその飲食店に毎月1000人の来客があり、そのうちまた来たいと思っている人が50%、もう来たくないと思っている人が50%の比率で存在していたとします。
このようにまたこのお店に来たいと思っている人の割合を『再訪意向率』なんて言ったりもします。
この再訪意向率は調査をしない限り誰も知ることができません。
その為アンケート調査などを実施した上で明らかにする訳ですが、通常1000人全員に調査に答えてもらうことは難しく、この中の何人かを、例えば200人くらいをピックアップして答えてもらいます。
このような行為を『抽出』と言います。
ただこの時に『また来たいと思っている人』が実際よりも多い(逆に『もう来たくないと思っている人』が実際よりも多い)状態で抽出されてしまうと間違った集計結果が出てきてしまいますよね。
だから回答が偏るようなことはできる限りしたくないのです。
調査において『無作為抽出』という言葉があります。
統計学を知っている方であればよくご存知と思いますが、難しい言葉でいうと『母集団の全ての要素が同じ確率で抽出する』という事ですね。
この場合、母集団というのは毎月の来客数(=1000人)を指しますが、再訪意向含め全ての要素を母集団と同じ確率で抽出する事が理想です。
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2.その分調査コストが上乗せされる
そして当然ですが、インセンティブを用意するにはその分費用がかかります。
回答者全員に500円の割引券をプレゼント!と言うのは簡単ですが、単純計算すると、200人に回答してもらった場合は10万円、500人に回答してもらった場合は25万円のコストがかかります。
(※もちろんこの額はその割引券を回答者全員が使った場合ですので、実際はそれより安く抑えられるかもしれませんが)
それだけのコストをかけてよいのであれば構いませんが、業種やビジネスの状況によってはかなりの出費になってしまう可能性もあります。
インセンティブの効果検証結果
実は以前、私がある飲食店のCS(お客様満足度)調査をやった際、インセンティブの効果を検証した事があります。
具体的には、来店した全てのお客様に対して従業員が口頭でアンケート(紙媒体)へのご協力をお願いし、
①最初の30日間はインセンティブを設定せず。
②次の30日間はインセンティブとして回答者全員に後日使用できる100円の割引券をプレゼント。
という形で検証しました。
このお店の顧客1人あたりの平均支払額は約1000円でしたので、100円の割引というのは約10%に相当します。
その結果がこちらです。
インセンティブを設定しなかった月の回答率は20.2%だったのに対し、100円の割引券を設定した時は22.0%でした。
従いまして、100円の割引券によって1.8%だけ回答率が増えたという事になります。
しかしその分、インセンティブコストがかかっています。
具体的には628名の方に100円の割引券を配っていますので、単純計算で62800円です。
これはイコール、
『+1.8%の回答率を62800円で購入した』という事に他なりません。
もちろん、更に割引額を増やせば回答率はもっと増えるでしょう。ですが、当然更にコストも増えます。
コスト度外視で回答率を上げたいのならばそれでもよいです。
ただあくまで私見ですが、たった1.8%の回答率を上げるのに追加でコストをかける必要はないと思います。
この場合、インセンティブがなくても594名の方が回答してくれているので、分析は十分にできるはずですしね。
もちろん回答者へのお礼は大事
このように回答者属性の偏りを防ぐ為にも、なるべく調査コストを抑える為にも、まずはインセンティブは設定しないでアンケートを行うことをお勧めします。
但し誤解しないでいただきたいのは、回答者へのお礼の気持ちは常に持っていてください。
お忙しい中回答していただいた訳ですから、『ありがとうございます。』の一言は忘れずに添えましょう。